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フリーソフトウェア信者の条件とは

2004年10月27日 11:31AM
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ヒント:聖イグナシウス(St. iGNUtius)に扮したRichard Stallmanの等身大ポスターを寝室の壁に貼るだけではまだ甘い。

フリーソフトウェアを支持し、Free Software Foundationに時間的または金銭的な貢献をしている人は多いが、彼らはフリーソフトウェア信者とはいえない。NewsForgeの親会社はFSFの後援企業であり、私も個人的に寄付をしている。この記事は、Debianの変種であるGPL SimplyMEPISで、GPLのテキスト・エディタBluefishを使って書いている。そして読者の皆さんは、Debian Linux、Apache、SLASH、MySQLを実行するサーバを通じてこれを見ているというわけだ。

信者:彼は「GNU/Linux」などという呼び名を使っていない!それに、Apacheのライセンスは企業の利益に迎合しており、フリーとはいえない。彼らはフリーソフトウェアをオープンソースの陰謀に巻き込もうとしているのだから、ボイコットしなければならない!

おやおや、さぞかし私は神経を逆撫でしてしまったことだろう。それに、OSTG(旧OSDN)の名前には「open source」という語が含まれているので、フリーソフトウェアのテストには合格できそうにない。

真のフリーソフトウェア信者であるためには、GPLと互換性がないライセンスを持つソフトウェアを使ってはならない。このリストに名前が挙げられているライセンスなど問題外だ。

信者:その通り!これらのライセンスはGPLと互換性がないのだ。しかし、その・・・Mozillaは悪くない(Firefoxもお気に入りだ)。それに、私のWebサイトはApacheで動いているし・・・うーむ・・・

というわけで、FSFが非フリーソフトウェアのライセンスの一覧を公開した。ただしMicrosoft Shared Source Licenseは、「フリーソフトウェア」という語と同じぐらい「オープンソース」という語を使っているこれらの「異端」ライセンスにおいても、まともに相手にされていない。このライセンスを認めているのはMicrosoft自身だけのようだ。

このリストに含まれるその他のライセンスは、多少注意が必要なものからひどいものまで、程度に差がある。たとえば、私自身はフリーソフトウェア信者ではないが、近刊の『Point and Click Linux』で、SUSEではなく比較的マイナーなMEPIS Linux(いわゆるGNU/Linux)を利用している最大の理由は、SUSEはYaSTの再配布を制限しているということだ。SUSEは書籍の一部としての再配布は認めてくれたのだが、私はこの本を買ってくれた読者がブータブルCDとビデオDVDの内容を問題なく利用できるようにしたかったのだ。

信者:本のタイトルをなぜ『Point and Click GNU/Linux』にしなかったんだ。

この本には、「Joining the Linux Community(Linuxコミュニティに参加する)」と題された章がある。Linuxではなく、まずGNUについて解説した。私は、Linuxについての本を書くなら、Linus Torvaldsの登場からではなく、本当の最初から物語を始めようと決めていた。これだけでは不十分なのはわかっているが、仕方がない。私は事実を伝えたかっただけで、フリーソフトウェア信者を満足させるためにこれを書いたわけではないからだ(いずれにせよ、信者の皆さんはこの本の対象読者ではない)。

「支持」と「狂信」の違い

意見を異にする人々を攻撃しても、彼らを自分の考えに賛同させることはできない。ソフトウェアにせよ、政治にせよ、宗教にせよ、急進派の人々は、異端者を攻撃すれば自分たちの考えを広めることができると考えているようだが、それは間違いだ。

Microsoftが、LinuxWorld Expoにブースを出したり、OSTGのWebサイトに広告を出したりしたからといって怒るのも、何の役にも立たない。広告の専門家であるJerry Della Feminaによれば、「製品そのものよりも優れた広告は数多くある。このような場合、優れた広告は、業界でその製品の評判を落とすだけだ」という。

これは、Jerryが1971に著した『From Those Wonderful Folks Who Gave You Pearl Harbor』に収められているエピソードに象徴される。ニューヨークのPiel Brothers醸造所は、Piel兄弟(BurtとHarry)が登場する魅力的なテレビCMによって、多くの人々にビールを試飲させることに成功した。

ただ、彼らのビールはひどい味だったため、人々は試飲はしても、買うことはなかったということだ(Piel Brothers醸造所は買収され、現存しない)。

実際に、フリーソフトウェアがそれほどまでに優れており、Microsoftやその他のプロプライエタリ・ソフトウェアのベンダの製品が劣っているとすれば、両者を比較すれば、劣ったものはおのずと滅びるはずだ。

ソフトウェアのライセンスを気にかけるユーザは少ない

信者や急進主義者、そして生命保険の勧誘員は、他人を説得しようとするとき、自分にとって重要なことは他人にとっても重要だと思い込むものだ。

信者:しかし、制限的なライセンスはソフトウェアの開発を崩壊させるのだ。ソフトウェア特許も悪だ。それに、この話と生命保険とは何の関係もないじゃないか。

残念だが、ソフトウェアのライセンスや特許について、わざわざ時間を割いて考えている人はほとんどいない。普通のユーザは、コンピュータの電源を入れて、できる限り少ない手間で仕事や遊びに利用できるようにしたいというだけなのだ。EULAに同意するときにも何も考えていないし、ブラウザのプラグインがフリーソフトウェアかどうかを調べたり、フォントのライセンスを気にしたりすることもない。画像を表示することができ、テキストがきれいに見えればそれでいいのだ。

そして、生命保険の勧誘員についてだが、彼らの中には、生命保険が世界中の何よりも大切であるかのように振舞う人がいる。おそらく、それが仕事だから仕方がないのだろうが、生命保険の専門用語や、事細かな比較などを聞いている時間はない。私はただ、自分が死んだ場合に住宅ローンを償却してくれ、妻にいくばくかの現金を残してくれる、わかりやすい保険証券が欲しいだけだ(念のため、私はすでに生命保険に加入しているので、もしあなたが生命保険の勧誘員でも、電話や電子メールは不要だ)。

同じことが、包装用品や輸送用品についても言える。かつて私が計器の研究所を経営していて、輸送を担当していたときには、包装用品の営業担当からよく電話がかかってきて、さまざまな箱の長所を何時間も聞かされたものだ。私は、信頼できる製品を妥当な値段で買いたいだけで、包装についてはあまり考えたくなかったのだが、彼らはそれがわからなかったらしい。私は、その箱に収められることになる湿度計の調整や修理、設計などについて考えなければならなかったのだ。

無関心は世界最大の信教

家々を回って布教活動をする宗教がある。永遠の祝福(そして永遠の業火からの救い)を得られると彼らがいくら説いても、話を聞いてくれる家よりもドアを閉ざす家のほうが多いのだ。

米国では現在、大統領選挙戦の真っ只中だ。どの候補者も、「今回の選挙は○○(この部分はその時々で変わる)以来の最も重要な選挙だ」と言うだろう。しかし、今回の選挙も(前回の選挙の勝者と同じく)「投票になど行っていられない」という人が大多数だろう。個人的には、有権者の半数が投票に出かけたと聞いたら驚くだろう。投票率が60%を超えたとしたら大事件だ。

それでも、人々がソフトウェアのライセンスを気にすると思えるだろうか。

優れたソフトウェアを渡し、それがフリーソフトウェア(Free/free)であると告げれば、何人かは耳を傾けてくれるかもしれない。そうなったら、少しの時間ではあっても、フリーソフトウェアのライセンスと、それによって推進される開発プロセスが、いかにして優れたコード開発を実現するかという話ができるだろう。

しかしこのときに、「オープンソース」について話したり、GNU/Linux向けにはまだ存在しないプログラムをWindowsで利用したりといったフリーソフトウェアへの「謀反」をあげつらって責めたりすれば、わずかな説得のチャンスも水の泡だ。

これこそが、狂信(急進)ぶりを判断するポイントである。良識のある支持者なら、他のユーザを説得することができる。相手の立場に立って話をし、相手の考えをあざ笑ったりせず、なぜ話を聞いてほしいのかきちんと説明できるのがこの種の人々だ。相手は、遅かれ早かれ、(部分的にせよ)考えに賛同してくれるだろう。

しかし、急進主義者信者たちは、相手に真理を知らせることよりも、自らの正しさを世界にアピールすることのほうが大事だと考えている。そのため、仲間になってくれるかもしれない相手を、説得するのではなく、侮辱する。このような姿勢では、あなたやあなたの考え方は狂信的であり、かかわらないほうがよいと思われてしまう。

以上のような問題はあるが、私はフリーソフトウェアの考えが主流になっていくと期待している。これは、粗野な態度で他の人々を遠ざけてしまうような一部の人によって捻じ曲げられてしまうにはあまりに惜しい、すばらしいものであり、多くの人によって共有されるべきものであるからだ。

原文

Robin-'Roblimo'-Miller(2004年10月22日(金))
2007年07月01日 07:05PM 更新

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