しかし、私の見るところ、オープンソースの真の裏付けは、オープンなソースにあるのではなく、オープンな流通にある。 実際のところ、ソースコードを見るユーザは少数しかいない。変更するユーザとなると、さらに少数だ。ソースコードを変更するとベンダとのサポート契約に違反してしまう場合も多いのだが、いずれにせよ、ユーザがソースにちょっかいを出してみたくなることはほとんどない。3月のOpen Source Business Conferenceや、MySQL、JBossなどの業績好調なオープンソース新興企業の中心人物らとの私的な意見交換でわかってきたのは、オープンソースがソフトウェア開発をはるかに超えるものに関与しているということだ。オープンソースは、ビジネス開発に関与しているのである。
言い換えるなら、私たちがソフトウェア開発の一手法と考えたものは、おそらく、販売、マーケティング、流通に最小限のコストしかかからない強みを武器とするビジネス戦略として、より大きな意義を持つ。クレイトン・クリステンセンが著書『イノベーションのジレンマ ― 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』と『イノベーションへの解 ― 利益ある成長に向けて』で展開した理論に完璧に従う形で、オープンソースは、低コストを武器に既存のベンダに挑戦する成り上がり企業にとって得がたいビジネスモデルであることが明らかとなっている。
私たちは、資本主義がこれまでに目にした中でもっともエキサイティングなITビジネスモデルを展開している。すべてはGPLのおかげだ。それは、ソフトウェアの必需品化(コモディティ化)──Microsoftが20年前に唱えたもの──を次のレベルに進めるモデルであり、この新しいモデルに投資する機会を逸した者は、すべてを失うだろう。その過程で、オープンソースは、これまで価格がネックでIT化を諦めていた顧客(顧客志望者)にも手の届く低価格を実現することで、ソフトウェア市場を劇的に拡大させると予想される。端末の価格破壊などの技術革新により爆発的に拡大した携帯電話市場のように。
Richard M. Stallmanとアダム・スミスは親友なのだろうか?
新しい知的財産権
オープンソースはソフトウェアスタックのインフラストラクチャ層に属する、以前はそう考えていた。実際、今もオープンソースはそこで繁栄している。しかし、企業家がオープンソースに秘められた可能性を理解し始めると、オープンソースの必需品化を免れる領域はソフトウェアスタックにないだろう。
説明しよう。
知的財産権法は、少なくともここ米国では、創案から利益を得ることを保証するために定められた。ソフトウェアを書き、その著作権を所有し、それを販売する(それが有用なソフトウェアであり、人々の耳目に届く程度にマーケティングを展開することが前提であるが)。単純だ。
このモデルが数十年間もソフトウェア業界を支配し続け、その中から少数の巨大ソフトウェア企業が生み出されて、知的財産権をうまく利用して巨万の収益を上げてきた。このモデルでは、排他(つまり、他社や顧客がコードをコピーして他人に渡すのを禁ずること)は利潤に等しい。
オープンソースの世界では、知的財産権に役割があることは変わらないが、その姿は異なる。「コピーレフト(copyleft)」とは、大切な宝物──ソースコード──をGNU General Public License(GPL)や、それに類する制限的なライセンスに従って無償で与えることを基本的には意味するが、このような知的財産権は、ユーザの便宜を図りつつ、競争相手に付け入る隙を与えないことを可能にする。確かに、彼らはコードを手に入れることはできる。しかし、それを借用して自分の製品に取り入れることはできない(恩返しとしてそのコードをこちらに提供しない限りは)。現実に、業績好調なソフトウェア企業で、そのようなリスクを犯しているところはほとんどないか、まったくない……ともかく、手遅れになるまでやることはない。
GPLを利用すると、競争相手を驚くほど縛ることができる。GPLに従ってコードをオープンソース化すると(そして、使いたくてたまらなくなるほどの好感を顧客に与えるために積極的に競争を進めると)、そのあおりで競争相手は価格を下げざるを得なくなる。そして、購入の意欲はあるが予算がネックになっていた企業の中に私たちの製品の導入を訴える支持者(ただし非公式の)を得ることを妨げていた調達部門などを飛び越えて、競争相手をまんまと出し抜くことができる。
最小限のコスト、最大限のマーケット進出
また、オープンソースは、最小限のコストで最大限に市場に進出することも可能にする。MySQLの総ダウンロード件数は、500万に達する。この500万の顧客志望者のうち、5,000人がMySQLからサポート契約/ライセンスを購入した。MySQLの販売コストとマーケティングコストは、まだ購入していない顧客を供給する集団が大きくなっていることから、減少に向かっている。顧客志望者は、ダウンロードするだけで製品を手に入れることができる。ダウンロードする際に、調達部門との面倒な事務手続きは必要ない。流通コストも減少する。FTPサーバを設定するコストが、ほぼそのまま流通コストだ。
また、オープンソース企業がプロジェクトの「所有者」(MySQL、JBoss、SugarCRM)であるか、積極的な貢献者(Novell、Gluecode、Specifix)であるかで、コミュニティから寄与された豊富なコードベースを借用して開発コストを引き下げることができる場合とできない場合とがある。たとえベンダがプロジェクト(MySQL)に寄与するすべての開発者を雇用したとしても、ユーザがバグレポートやバグフィックスを寄与するといったグローバルなQA(品質保証)活動からメリットが得られることに変わりはない。
なるほど結構。だが、競争相手が俺のコードを掘り返して別バージョンを作り、自社製品と称して売ることを阻止してくれる何かがあるのかね? 思うに、それを阻止するものなどない。人間性以外には。人間性は、非常に作用の強い抑止力である。説明しよう。
この新しいオープンソースの世界では、評判という資本が従来の知的財産/資本と同等かそれ以上にものをいう。仮に私があるプロジェクトに携わる開発者のグループを雇用したとしよう。そのオープンソース・プロジェクトの行く末を決する力は私の手にある。しかし、それより重要なのは、プロジェクト──たとえば、PostgreSQLデータベース・プロジェクト──に携わる開発者を多く雇用すればするほど、私がこのプロジェクトを支援すると顧客志望者たちが信じる可能性は高くなるということだ。あるプロジェクトを支援するデフォルトのベンダであると見なされた企業は、それに反する言動をとりにくくなる。この状況は、ブランド、コスト(いかに安く作るかでいかに安く販売できるかが決まる。米Wal-Martが2,600億ドルを売り上げたのは、低価格で販売したからだ)、サービスが唯一のロックイン(顧客の囲い込み)を提供する他の必需品ビジネスの場合と完全に一致する。
そして、実際にこれはロックインなのである。よい意味での。
オープンソースの世界では顧客が勝者
主流のソフトウェアがオープンソースによって必需品化される時代へと、急激に近づきつつある。特に、オープンソース・ビジネスモデルを利用する新興企業の数が増えていることが、その動きを促進している。その結果、すべての利益がハードウェアとソフトウェアをサポートするサービスから得られ、ブランドモデルと低コストモデルがその利幅を増やすという傾向に拍車がかかるだろう。
このような世界では、顧客が得をする。というのも、ベンダは、見かけ倒しのソフトウェアとサービスに顧客が愛想をつかさないようにするため、囲い込み(ロックイン)を作るよりビジネス問題を解決することに専念しなければならないからだ。解決される問題よりも新たに発生する問題のほうが多い一枚岩のソフトウェアパッケージをインストールしていた時代──ソフトウェアを実際に機能させるのに必要なサービスに、ソフトウェア本体の4〜10倍のコストがかかる時代──は、終わりに近づきつつある。その結果、CIOは、かねてからの念願どおり、ITを的確に調整してビジネス・ニーズに合致させるための真の付加価値サービスにより多くのコストを費やすことができる。
しかし、顧客の一人勝ちというわけではない。ベンダにも得はある。なぜなら、顧客の求めるものを本質的に理解し、解決することがベンダに求められるからだ。これは究極のロックインである。Novellの私が顧客のX氏の問題を競争相手よりも効果的に解決できるなら、X氏が弊社の製品を気に入って何度でも購入することは保証されたも同然である。
著作権と商標は有力な保護措置であるが、ベンダを顧客と敵対する関係に追いやる。このような従来の知的財産権は、競争相手と同じぐらい(あるいはそれ以上に)ユーザをも傷つける。オープンソースのおかげで、競争相手の利幅を葬ることができると同時に、より柔軟なIT化と、ビジネス問題を解決するために絶妙に調整された処方を提供して、顧客を喜ばせることもできる。
そう、これこそがイノベーションなのだ。
Matt Asay──NovellのLinux Business Office統括者。Novellにおけるオープンソース・ソフトウェア利用の戦略的、ビジネス的な基盤を築くために活動中。