「グラウコン、KDEがアプリケーションをMicrosoft Windowsに移植しなければならないと言うなら、私を説得してみたまえ。」
「ソクラテス、私の意見を述べる前にまず、われわれの目的は、人々をフリー・ソフトウェアに注目させ、そして移行させることであると前置きしておく。つまり、KDEアプリケーションをWindows向けにリリースすることで、今後より多くの人々がGNU/Linuxまたは類似のシステムに移行するようになると考えられるのだ。」
「友よ、この目的には賛同できるが、しかしこの方法には賛同できない。」
「うむ、それなら、最初に言っておきたいことがある。KDEアプリケーションをWindows向けにすることで、移行の際のハードルを引き下げることができるのだ。MozillaのFirefoxやOpenOffice.orgの製品が良い例だ。ユーザ、もっと具体的に言うなら、会社の財布の紐を握っている分からず屋の上司は、フリー・ソフトウェアの性能をその目で見るまでは、すべてのソフトウェアを変えようとはしないだろう。ギリシア人であろうと未開人であろうと、経験は財産であり、教育にも役立つ。一度にすべてのソフトウェアを再学習しろというのはあまりに狂信的だ。しかし、Windowsという快適な環境で特定の製品に慣れさせておけば、知識のギャップを埋めることができ、GNU/Linuxの学習もはるかに容易になるだろう。」
「同感だ。君はおおむね正しいと思う。しかし、KDEの機能はKnoppixなどのLiveCDでも十分体験してもらえるのではないか?」
「そういったCDは、ユーザが日常的に必要とする機能を提供するネイティブな実装に比べると子供だましのようなものだ。哲学者、つまりハッカーたちはそのようなディスクに美徳を見出すかもしれないが、未開人たちにとっては、不必要な混乱を招くだけの存在だ。」
「しかし、フリー・ソフトウェア・プラットフォームには、アプリケーション・スタックを超える価値があるのだろうか。哲学者たちにとってはおそらく価値があるだろう。しかし、平均的なユーザたちにとってはどうだろうか。GNU/LinuxおよびBSDファミリとWindowsとの差異が、カーネル、GNUツールチェーン、そしてシステム・アーキテクチャだけであるとしたら、移行などする意味はないのではないか?ユーザの惰性にはどう対処する?」
「ああ、ソクラテスよ、君はわれわれのシステムのマルチユーザ機能、KDEで実現されるネットワークの透過性、Kioskフレームワーク、NXアプリケーション・サーバ、その他多くのアーキテクチャ機能を過小評価している。これらは、コスト面のメリットや、ベンダの束縛から自由であるということと併せて、企業での大規模移行を推進するだろう。ホーム・ユーザの保守主義も、ハードウェア・ベンダがデフォルトとしてWindowsをプリインストールすることをやめれば解決されるはずだ。」
ここでトラシュマコスが口を挟んだ。
「グラウコン、君の意見にはかなり説得力があった。しかし私は、Windowsユーザがフリー・ソフトウェア・プロジェクトに貢献したり、コミュニティに参加したりするとは思えない。彼らには売り物になる能力はないし、使用しているソフトウェアの開発において彼らが果たす役割も理解できないだろう。」
グラウコンは答えた。「君は、Windows上であろうとフリー・ソフトウェアを利用してくれないかぎり、彼らが参加する可能性はゼロだということを忘れている。われわれは、デフォルトの画面やインストール・プログラムなどにメッセージを表示するなどの方法で、彼らが参加できるということ、そして、参加すべきであることを積極的に伝えることができる。プロプライエタリのプラットフォームからも、かなりの協力が得られると考えている。例えば、The Battle for Wesnothの筆頭開発者が最近明らかにしたように、プロジェクトへの貢献者のうち、Windowsユーザ、Mac OSユーザ、そしてGNU/Linuxユーザはほぼ同数なのだ。」
ここで、ソクラテスは黙考した。アプリケーションをWindows向けにリリースすることには、戦略的に見て大きなメリットがあるようだが、その戦略は果たして実行可能なのかどうか、彼には確信が持てなかった。
そして彼は口を開いた。「グラウコン、君は、移植先のプラットフォームをコントロールしているのはMicrosoftだということを忘れていないか。新しいリリースのたびに、そして、プラットフォームのアップグレードのたびに、われわれは抹殺されていくだろう。われわれが利用できない、プロプライエタリの拡張機能が導入されたり、われわれが相互運用できない機能へのニーズが発生したりすれば、われわれのアプリケーションはすぐに不利な状況になる。著作権で保護されたコードや、特許を受けたソフトウェアのアイデアに対して、制限のあるライセンスを適用すれば、フリー・ソフトウェアは締め出されてしまう。これは、ゆるい地盤に家を建てるようなものだ。」
「君の言うことはもっともだが、彼らがプラットフォームを変更する前に、ダメージを与えることはできるのではないだろうか。」
トラシュマコスが答える。「できるかもしれない。しかし、私が恐れているのは、この行為自体が無意味なのではないかということだ。すべてのアプリケーションを移植することはできないのだから、GNU/LinuxまたはBSDにおいてKDEが提供できるアーキテクチャ面のメリットは得られず、プロプライエタリの競合製品と品質面で張り合えるものはほとんどないだろう。QuarkXpressのユーザがScribusを見て、また、OutlookのユーザがKontactを見たらどんな印象を持つだろうか。おそらくは、微々たる興味を持つことこそあれ、歓喜することはまずないだろう。せいぜい鼻であしらわれるのではないか。この機会は、彼らが次のプラットフォームをリリースする前に、われわれのプラットフォームを改善するために利用するべきだ。」
彼は続けた。「最も問題なのは、われわれの獲得したいユーザたちが、われわれのプラットフォームには価値がないために、より優れたプラットフォームに移行したのだと解釈してしまうことだ。少なくとも彼らから見れば、われわれがWindowsには対抗できないことを認め、彼らはGNU/Linuxに移行するべきではないということになってしまう。結局、アーキテクチャ面のメリットを彼らに示すことはできないだろう。」
ソクラテスはこれを聞いて感心し、身を乗り出してこう言った。「グラウコン、トラシュマコス、君たちはどちらも正しい。しかし、読者のコーヒーが冷めてしまう前にこの議論を終わらせなければならないだろう。結論としては、KDEアプリケーションをWindowsに移植することは、戦略面では価値を生み出すかもしれないが、その一方で、われわれはMicrosoftの冷徹なビジネス手法に身をさらし、われわれのプラットフォームの価値にダメージを与える恐れもある、ということで異論はないか?」
グラウコンとトラシュマコスは、「それに同意する」と声をそろえた。
「しかし」とグラウコンは言った。「最後にこれだけは言っておきたい。オーディオとビデオのコーデックをWindowsに移植することは、より広い普及につながる。Firefoxは、WebデザイナたちのWeb標準に対する認識を変えるだろう。そしてOpenOffice.orgは、オープン・フォーマットの普及を推進し、クローズド・フォーマットによるMicrosoft Officeの市場独占を緩和するだろう。」
ソクラテスは厳しい表情で立ち上がり、グラウコンに向かって言った。「友よ、KDEにはそのような製品はないのだ。他の場面ではそのようなメリットを得ることがあろうし、彼らに協力もするが、われわれが自らのプラットフォームでもそのような機能を提供できるかのように振舞うべきではない。むしろ、洞窟の中にあるプロプライエタリ・ソフトウェアを白日の下にさらし、われわれの作品の価値を存分に示すべきではないか。」
水平線から太陽が姿を現した。3人の仲間は立ち上がり、自分のコンピュータの前に戻って作業を再開した。
